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大阪高等裁判所 昭和34年(ネ)726号 判決

第七二六号事件控訴人・第四一八号事件被控訴人(一審原告) 株式会社小畠商店

第七二六号事件被控訴人・第四一八号事件控訴人(一審被告) 伊丹税務署長

訴訟代理人 吉田俊一 外四名

主文

原判決を次のように変更する。

一審被告が昭和二九年六月三〇日一審原告に対し昭和二七年二月一日から昭和二八年一月三一日に至る事業年度分法人税につきその所得金額を金六八一、六〇〇円としその法人税額を金二八六、二七〇円とした更正決定の内右所得金額金五七五、八六〇円を超える部分はこれを取消す。

一審被告が昭和二九年六月三〇日一審原告に対し昭和二八年二月一日から昭和二九年一月三一日に至る事業年度分法人税につきその所得金額を金五二六、一〇〇円法人税額を金二二〇、九六〇円とした更正決定の内右所得金額金四三五、二八六円を超える部分はこれを取消す。

一審原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じこれを二〇分しその一を一審被告の負担としその余を一審原告の負担とする。

事実

一審原告(第七二六号控訴人第四一八号被控訴人、以下単に原告という。)訴訟代理人は、「一審被告(第四一八号控訴人第七二六号被控訴人、以下単に被告という。)の本件控訴を棄却する。原判決中原告敗訴部分を取消す。被告が昭和二九年六月三〇日原告に対し、昭和二七年二月一日から昭和二八年一月三一日に至る事業年度分法人税につきその所得金額を六八一、六〇〇円とし、その法人税額を二八六、二七〇円とした更正決定を取消す。訴訟費用は第一、二審を通じ被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は、「原告の本件控訴を棄却する。原判決中被告の敗訴部分を取消す。原告の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審を通じ原告の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述証拠の提出援用認否は以下に補充するほか原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。

一、被告指定代理人は、

(一)  昭和二八年度について、仮りに前述の主張が理由なしとするも、被告は昭和二七年度について述べたところと同一の理由で、原告の帳簿書類を基としてはその真実の所得金額を把握することができなかつたので法人税法第三一条の四第二項により次のように所得金額を推計した。

昭和二八年度所得(仮定的主張)

(イ)  売上金 二〇、六八〇、三八二円

(ロ)  原価 一七、七一六、五三九円

右仕入原価は原告の帳簿に基き品目別仕入金額を算出したもので、これに原告から聴取した前年度売買差益率に本年度商況を考量して本年度差益率を定め、本判決末尾添附別表(五)のとおり売上高を推計した。

(ハ)  差額(売買利益) 二、九六三、八四三円

(ニ)  雑収入 二一、三三二円

(ホ)  諸経費 二、四九二、二六五円(但し、さきに述べた事業税及び利子税七八、六二七円を算入した額。)

なお、原告の計上していた諸経費金二、五四一、〇一九円(右七八、六二七円は入つていない。)の内金一二七、三八一円は次の理由で損金と認められない。すなわち、

(1) 薪炭費二五、七一〇円の内八、〇〇〇円は期末に購入しているから当期の経費とならない。

(2) 営繕費七一、一〇五円の内五〇、四八〇円は店舗改造費であるから支出金額相当の資産の増加があると見るべきでその全額が一年度の損金となるものでない。

(3) 研究費一二、三八五円は産業経済新聞、大阪日日新聞であるから業界機関紙と異り研究費とは認められない。代表者個人の家計費から支出すべきものである。

(4) 賄費三七、三五六円については、食料品業における従業員の昼食等としての商品消費はこれを売上に加算しないから右消費高は売買利益率において考慮ずみであり、これを経費として計上することは損金の重複計算になるものであると附け加える(前期分についても同じ)ほかは前期につき述べたのと同一の理由で経費に計上できない。

(5) 諸公課四六、六八〇円の内法人税四、三七〇円市民税一三、九〇七円、源泉徴収加算税八八三円以上計一九、一六〇円はいずれも法人税法第九条第二項により損金に算入できない。

(二)  差引所得金額四九二、九一〇円。

従つて本件更正処分はこの限度において正当である。

二、右両年度の調査並びに推計に当つては、被告係員は原告のいうような腰だめ式方法を採つたのではなく、大阪国税局が前記法条により調査並びに推計をする場合の指針とするため実体調査に基き作成した業種別規模別標準売上高及び標準利益高の一覧表である「法人審理提要」中、本件の場合に適用できると考えられるもの(乙第四号証)を参考としたのであるが、これと原告主張の数額並びに被告の決定及び審査決定とを対比すれば本判決末尾添附別表(六)(七)のとおりである。右表によれば原告主張の営業利益率が昭和二七年度では一、三%、昭和二八年度では一、一%となつているところ、このような低い利潤を以て事業を経営することは、さきに昭和二七年度につき述べた如く、原告のような小資本の小売店では企業として成立しないため通常できないことである。

と述べ、

原告訴訟代理人は、

一、被告の推計が真実に遠いいわゆる腰だめ式のものであることは次にのべる所により明らかである。

1  被告の把握した売上金額は両年度共仕入金額(右各仕入金額の確定が正確になされたことは認める。)に売買利益率三、八パーセントを乗じた額と仕入額との合計額であるとしても、右売買利益率には科学的根拠がない。

2  仮りに右売買利益率が原告の申出によつたものであるとしてもそれは被告係官が原告代表者に質問した昭和三〇年二月一七日現在における利益率であるところ、被告はこれを当時より利益率の低かつた本件両年度に適用した。

3  原告の如き規模、実情の食料品小売業では被告の要求するような伝票、帳簿、現金の完全な管理は期する方が無理というものである。被告は仕入金額についてはその記帳の正確さを認めたのであるから、売上金額についてもその正確なることを認めるべきである。ちなみに原告は薄利多売をしたため売買利益率がかように低いのである。

二、経費については、費目の名称にこだわらず実質的に見てそれが営業上必要な出費であるか否かを考えて判断すべきである。

と述べた。

(証拠省略)

理由

一、原告主張の請求原因一、の事実については当事者間に争がない。

二、よつて右両年度につき被告主張の法条による推計の方法により本件課税標準を決定することが正当であるか否かにつき考えるに、成立に争のない甲第三号証弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第三号証原審及び当審での証人平野計太郎の証言及びこれにより真正に成立したものと認められる乙第六、七号証、原審での証人成毛和男、小畠清、の各証言及び原審並びに当審での原告代表者本人訊問の結果(但し、証人小畠清及び右本人訊問の結果中後記認定に反する部分を除く)を総合して考察すると、

(1)  原告会社では右両年度中諸帳簿の記載を夜間だけアルバイトに来る社外の香西正に委嘱しており、売上については原始資料たる伝票等の作成がなく、当日の売上は一旦原告代表者の私宅に持ち帰つて計算の上翌日銀行に預金しその結果の報告に基き香西正において一日分の売上を一行で記載するにすぎなく、従つてその記載内容の真実且つ正確を期する簿記上のシステムが不完全であること、

(2)  売上は主として現金取引であるにかかわらず売上現金は店頭のざる籠に投げ入れこれから随時経費等の支出がなされるため、正確な売上高の把握、現金監査のできる仕組になつていないこと、

(3)  訴外小畠清名義の当座預金中、少くとも被告主張の七六一、八〇〇円は昭和二七年度の原告売上金の一部であると推認できること(右認定理由の詳細は原判決理由第一の一、「売上金」の項に判示するとおりであるからここにこれを引用する。)、

(4)  大阪国税局協議官が本件更正決定に対する原告の審査請求により原告の帳簿を検査したところ、原告の帳簿中各年度の仕入高の記載は正確且つ真実と認められたが売上高及び消耗品の記帳には左記の如き不備な点が発見されたこと、

昭和二七年度帳簿においては、

(イ)  消耗品口座昭和二七年一一月二六日附、塩代三、一二〇円及び同年同月二九日附塩代一、五六〇円の各購入の記帳はこれに見合う現金出納簿ないし銀行勘定帳の記帳を欠いていること、

(ロ)  本件の如く会社幹部の住居と店舖が近く、且つ幹部及びその家族が挙つて会社業務に従事している食料品販売業において当然あり得ることが推測される自家消費高の記載が全然ないこと、

昭和二八年度帳簿においては、

(イ)  売掛金帳簿に過剰回収の記載がなされていること、(売掛高の除外が推定される。)

(ロ)  前述自家消費高の記載が全然なされていないこと、

(5)  乙第四号証の法人審理提要記載(この提要は大阪国税局が管下の中小法人につき行つた実体調査に基き、中正と認められる具体例を集計して得たこれ等法人の所得算出の基準となるべき業種別収入金額、経費、営業純益等の数字及び数率を掲載作成したものであることは前出証人成毛和男の証言及び弁論の全趣旨によつて明らかであるから、右提要に示すところの諸基準は一応被控訴人の所得を認定する上の参考とするに足ると考えられる。)の標準に比べると原告の両年度における営業利益率が一般の標準より著しく低いこと(末尾添附別表(六)(七)参照)、を認めることができる。前記証人小畠清の証言及び本人訊問の結果中右認定に反する部分は措信し難く他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定事実によれば原告備付の帳簿書類及びこれに基く決算諸表には売上の除外、架空経費の記入等の虚偽記載が推測され、右帳簿から真実の所得金額を算出することは不合理と認めざるを得ないから、右両年度とも推計の方法によることは正当であるといわなければならない。

三、次に原告の所得を推計する。

(昭和二七年度)

(1)  原価一五、三八八、二七六円

原告の年間仕入高一五、七六二、一一一円から期末棚卸高三七三、八三五円を差引いた額、

右数額は当事者間に争のないところである。

(2)  売上高一七、八一五、六一二円

前出乙第六号証、成立に争のない乙第五号証及び前出証人平野計太郎の証言を綜合して考察すると、右年度における品目別仕入原価及び売買利益率は原判決末尾添附別表(四)のとおりであると認めるのが相当である。よつて右各原価から逆算して売上高を算出すれば頭書のとおりとなり他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(3)  必要経費

原告主張の必要経費一、八四一、八七七円の内一、七三九、一九七円は被告の認めるところである。

よつて被告の否認する左記支出を経費として認めるべきか否かを検討する。

(イ) 消耗品費

昭和二七年一一月二六日附三、一二〇円

同年同月二九日附    一、五六〇円

右についてはさきに認定した如く消耗品口座に記載があつてしかも日常経費は前認定のような営業の実情上日々の売上現金から支出されると推認できるからこの程度の消耗品費は認めるのが相当である。

(ロ) 研究費五、四七〇円

右支出が産業経済新聞及び大阪日日新聞購入費であることは原告の明らかに争わないところである。被告は右は経済専門紙でないから経営上必要性がないと主張するが、産業経済新聞の記事中には原告の経営に資するところがないとはいえないし、且つ原告会社では一一名の従業員が働いているのであるからその娯楽のためにも二種類位の新聞の購入は認めて然るべきである。この場合支出費目は異つて来ようが、それは原告に期待することの無理な経理技術上の末節的なことがらであつて、要は当該支出が何らかの理由で妥当な支出であるか否かにより名称にこだわらずに決すべきである。

(ハ) 旅費六三、〇〇〇円

前出小畠清の証言及び本人訊問の結果によれば右は原告代表者が毎日大阪市の中央市場へ出張する旅費を、時折まとめて支払つたものの合計であることが明らかである。

(ニ) 賄費二九、五三〇円

原告は右は従業員たちに一日約一〇〇円の割合で支給した昼食の副食費であると主張する。原審での証人小畠清の証言によると右は毎日約一〇〇円相当分の店の商品を副食として給与したものであることが認められる。前記の通り売上高を仕入高を基準にして逆算する以上右のように自家商品の費消によるものも経費に算入するのが合理的である。

(4)  以上の結果必要経費は一、八四一、八七七円と認めるべきであるから差引当期営業利益金は五八五、四五九円である。

(5)  成立に争のない乙第一号証によると原告には右の他、雑収入四、四〇一円、諸利息八四円の所得及び創立費一四、〇〇〇円の損失(特別損失)の存在することが認められる。

よつて原告の当期所得は五七五、八六〇円と推計するのが相当である。

(昭和二八年度)

この年度についての被告の第一次的主張に対する判断は、原判決のこの点に関する判断と同一の理由により、右主張を失当とするものであるから、ここにこれを引用する。

よつて進んで被告の二次的主張につき考えるに、

(1)  原価一七、七一六、五三九円

原告の年間仕入高一七、七六〇、九二〇円と期首棚卸高三七三、八三五円との合計から期末棚卸高四一八、二一六円を差引いた額、

右は前年度同様当事者間に争のないところである。

(2)  売上高二〇、六八〇、三八二円、

前出乙第五、七号証、証人平野計太郎の証言によると右年度における品目別仕入原価及び売買利益率は本判決末尾添附別表(五)のとおりであると認めるのが相当である。よつて右各原価から逆算して売上高を算出すれば頭書のとおりとなり他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(3)  必要経費

原告主張の必要経費二、五四一、〇一九円の内二、四一三、五二一円は被告の認めるところであり、他に事業税、利子税計金七八、六二七円を当期経費として加算すべきことは被告の自認するところである。

よつて進んで被告の否認する左記支出を経費として認めるべきか否かにつき考える。

(イ) 薪炭費二五、七一〇円の内八、〇〇〇円、

右支出が期末になされていることは原告の明らかに争わないところである。被告は期末に購入しているから全額が当期経費となるものでないと主張する。しかし、かような消耗品の購入については購入が真実であり、経費であることに異存がない以上、数次の決算期を通じて考えれば一時的に不当な点が自ら調整されるばかりでなく原告がこれにより不当な利得をするわけではなく、経理上も全部を購入の時点の属する期の経費として処理する方が煩雑を避けられるから、被告の主張は採用しない。

(ロ) 営繕費七一、一〇五円の内五〇、四八〇円、

当審での証人平野計太郎の証言によると右五〇、四八〇円は原告が従前の日覆用立簾をテントに改装した費用であることが認められる。右認定に反する原審での証人小畠清の証言は措信しない。

とすると、右支出はその価格の点から考えてそれに見合う資産の増加があると認めるのが相当であるから、一定の年数に分つて減価消却するならば格別(この点は原告の主張しないところである。)、全額を当年度の損失として認めるべき旨を主張する原告の主張はとうてい採るを得ない。

(ハ) 研究費一二、三八五円

前年度同様新聞購入費であることは原告の明らかに争わないところである。これらを経費として認めるべきであるとする理由は前年度につき述べたところと同一である。

(ニ) 賄費三七、三五六円

これを経費として認めるべき理由は前年度につき述べたところと同一である。

(ホ) 諸公課として挙げる四六、六八〇円の内、法人税四、三七〇円、市民税一三、九〇七円、源泉徴収加算税八八三円以上計一九、一六〇円は法人税法第九条第二項により損金に算入できない。

(4)  以上の結果必要経費額は二、五四九、八八九円と認めるべく差引当期営業利益金は四一三、九五四円である。

(5)  成立に争のない乙第二号証によれば原告は当期において雑収入二一、三三二円の所得があつたことが認められる。

よつて原告の当期所得は四三五、二八六円と推計するのが相当である。

以上の次第で被告のなした本件各更正決定の取消を求める本訴請求中、昭和二七年度については金五七五、八六〇円を超える部分の、昭和二八年度については金四三五、二八六円を超える部分の各取消を求める部分は理由があるからこれを認容すべく、その余の請求は理由がないからこれを棄却すべきものである。よつて本件各控訴はいずれも一部理由があるから原判決を変更することとし、民事訴訟法第三八六条第九六条第九二条を適用して主文のように判決する。

(裁判官 石井末一 小西勝 井野口勤)

(別紙省略)

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